2023 2024
明けましておめでとうございます。
悲しいニュースばかり続く日々で、当事者・関係者の方々がこれ以上心を傷めないようにと願うばかりのお正月でした。
今年は去年と打って変わり、1泊2日だけ実家に帰省をしました。既に自宅には戻ってきたので、恒例の振り返りと目標設定をしたいと思います。
去年1年は、挑戦した分の成果は返ってきた年だったと統括しています。昇進試験に合格して職場も変わりましたし、念願の交換留学も決まりました。私はあまりひとりで何かをするのが得意ではないけれど、色々な人に支えてもらえながらなんとか1年間を乗り切りました。
まず、2022年は、とにかく焦っていて急ぎすぎていたように思います。いまある環境は素晴らしいものであるとしたとき、その全てを活かしきれない自分に落胆することが多かった。いま考えると「そんなに落ち込まなくてよかったよ」言ってあげたいです。
ただ、落ち込む度に日記を取り出し感情を整理して、回復する力も身につけました。何をすれば明日の自分を改善できるのか、同じ過ちを繰り返さないかたくさん考えていました。失敗しないとわからない性格だからこそ、失敗したときにきちんと振り返る癖が私を救ってくれたと思う。
そして2023年は、できることとできないことの線引きが段々明確にわかるようになって、自分がどう動くべきかを理解できるようになりました。所属する各組織の中で私の持つ影響力がどれほどあるか、できる限り分析した上で、時には打算的に身の振り方をした。自然に振る舞っていれば過ぎていたことから、戦略的にならないといけないシーンが出てきて、自分の中では違和感に思うこともありました。
春学期はボロボロな時もあって、大学も仕事も行けなくなってしまった日もあった。初めて履修した英語開講の授業では文献を読むことすらままならず、自分の言語力の無さに辟易したこともあります。それでも課題は欠かさなかったし、先生のご厚意で高評価をつけてもらえました。挑戦してみてよかったと今では思います。
夏休み前のゼミの先生との1on1で「大学生活では自分が何を求められているか、ではなく、私が何をしたいかを考えて秋学期を迎えます」と宣言してからは考え方が変化し始めました。
常に、目の前の人が考える「正解」を探してばかりで、当たっていれば安堵し間違っていれば不安に駆られることは幾度となくありました。けれど、大学という「自分のために」学びにきた場所でも同じことをしたらダメだと2年目にして気付くことができました。
夏休みは当時の職場で信頼していた人との別れがあり、自分自身のキャリアを再度見つめ直す機会でした。秋学期からは概ね「自分がどうしたいか」に基づいて行動できたと思います。その結果、9月に昇進試験に合格したし11月に派遣交換留学生になりました。
2024年は再び下積みの年に戻ると思います。スペインに行くことは決まったけれど、まだ色々な準備(主に経済面)が満足でないため、自分の下した選択に自信が持てない。それでも18歳の頃から今に至るまで心から臨んだことだからこのチャンスを掴みたくない。がんばらなきゃな〜〜〜
2024年の目標はもう少し具体性を持ちたいなと思ったので、達成度を明確にします。★の数が多いに越したことはないんだけれど、高い目標を立て過ぎて落ち込まないように、また、どんな時でもミニマムで力を発揮できるよう、さまざまな達成度を設定しました。
1. 語学
★★★ - 渡航までに資格試験CEFR B1に合格する
★★☆ - 渡航までに資格試験を受ける(合格できるほどの勉強時間を確保する)
★☆☆ - 日常的に勉強する
ここで指している語学とは主にスペイン語/英語を指します。もしかすると英語はB2にしてもいいかなって感じです(英語に関しては本当はC1がいい)。これまでは自分の語学力を暗黙知的に知っていただけだったけれど、きちんと形として仕上げたいなと思ったのでこのような目標を立てました。語学関連での進歩でいうと、2023年秋から念願のアラビア語を始めることができました。まだ文字を読むことすら覚束なくて、既習者の力を借りてばかりだけれど、大学のアラブコミュニティのみんなが優しいから細々でも勉強し続けようと思います。スペインに行ったときには色々なモスクを巡りたいと思います。
2. 書く
★★★ - 執筆スタイルを確立できるよう、いかなる時も構造的で根拠のある文章を書くことができる
★★☆ - 学術的な文章を書き、先生からフィードバックを貰い、書き直す
★☆☆ - 日記を書く
アウトプットの形は人それぞれありますが、中でも私は文章で表現することがきでる人を尊敬しています。ゼミの先生も「書くこと」の重要性を述べているし、自分の感情や意見を言語化し、まとまった文書として出せる人にずっと憧れています。
2023年はゼミ内で論文を書く機会があり、最初は吐きそうなくらい嫌だったけれど、執筆したことで自分の理解の範囲がは把握できて、自分が補うべき事項が明確になったという経験がありました。この感覚がものすごく大切だと思ってからは、段々と苦手意識が薄まりつつあります。幸運なことに、私には書くまでの思考整理に助言してくれる友人や物書き上手な友人もいます。元々語彙力があるわけではないのでこれまた長い道のりにはなりますが、改めて意識して書く作業に向き合おうと思います。
(2025年のわたしへ:これはすっごく背伸びした目標だから、日記を書けるだけでも超偉いから振り返ったときに落ち込まないでね)
3. 自炊
★★★ - 働くとき/大学に行くときはお弁当を持っていく(75%以上)
★★☆ - 週に4日以上料理をする
★☆☆ - 週に3日以上料理をする
これは優先順位がものすごく高いわけではないけれど、来る海外生活のためにいかに自炊を習慣づけることができるかが勝負だと思っているのであえて打ち立てました。2023年はよく甘えてごはん作ってもらったりしてたから、今度はわたしもおもてなしするぞ、の気持ちです。
4. セルフケア
★★★ - 月2回以上運動をする/毎日ストレッチかマッサージをする
★★☆ - 忙しくてもなるべくお風呂に浸かる
★☆☆ - 必ず化粧を落としてから眠りにつく
恥ずかしながらわたしは本当に運動する習慣がなくて............... 定期的に運動をしている人はかっこいいなって感じなんだけれど、大学の体育の時間以外にも運動できるように頑張ります。あとは、スペイン行ったらお風呂に浸かる文化が消え去るだろうから、日本にいるうちにたくさん入ろ〜って感じです。
こんなところです。
去年と比べても、幾分か解像度が増したくらいで根幹の目標はあまり変わっていないです。必要なときに大切な人を救える強さを持つためにも、粛々とゴールへ向かって行動できる人でありたいです。365日モチベーション高くいることは不可能だけど、好きな上司が「るなが学ぶことは、誰かを助けることになるんだよ」と言ってくれた言葉を信じて2024年も過ごしたいと思います。
2024年もどうぞよろしくお願いいたします。
2022 2023
明けましておめでとうございます。おひさしぶりです、るなっし〜です。
日本にて、初めて家族以外とお正月を過ごしました。1月2日に母と初詣に行ったので全く会っていないわけではないんだけど、アメリカに家族が住んでいる大学の友人と2人で過ごしました。
ひとり暮らしを始めてから、熊本に住んでいる祖父母が野菜やお茶を沢山送ってくれる。年末にもお餅と一緒に届き、美味しくいただきました(写真の中のお野菜たち、ほぼ全て送られたもなの)
さて。2022年の初めに立てた目標を振り返り、2023年の目標を立て直します。
1. 数字と仲良くなる
未達成。データサイエンス科目が必修だったから、統計基礎を履修したけどびっくりするくらいできなかった。ダントツで成績が悪かったです。数字でものを語れるようになりたいなと思う未来はまた遠くなりました。
2. 金銭感覚術を身につける
浪費家ことわたしですが、これは65%くらい達成できたのではないでしょうか。ひとり暮らし始めてから夏休みが終わるあたりまでは、職場にお弁当を持って行くことで無駄な出費を減らした。一方、不必要にコンビニに寄ってしまったり(大学にコンビニがあるのめっちゃ罪じゃない?)、行かなくても良い飲み会でちょっと多めに出しちゃったりした。物欲には勝てても、交際費としての出費が多く、それを記帳しなかった。ここは2023の改善点として気を引き締めて頑張ります。
3. 自炊
80%達成。先に述べた通り、春学期はお弁当を持参するなど、積極的に料理をしました。ひとり人暮らしをして気がついたけど、どうやら料理は好きみたいだった。難しかったのは秋学期以降で、予定を詰め込みすぎたせいで途中からグタグダしてしまった。秋が深まった頃から人がよく家にご飯を食べに訪れるようになり、それを機にある程度は持ち直した。だけど「誰かがいるから作る」は「誰かがいないと作れない」と表裏一体だとも思うので、1人であろうと最低限の自炊は安定して続けたいです。おばあちゃんおじいちゃん、いつも野菜を送ってくれてありがとう。
4. 授業に関連する書籍を読む
未達成。春学期は比較体制論の講義が最も好きで、関連する書籍をいくつか購入した。積読のものもあるけど、こうやって本が増えていくことが楽しかった。
秋学期は ゼミの関連する書籍は全て手に入れたけど、授業から発展して手元に残すような本は1冊もなかった。好きだと思ったらポチりたい気持ちと、出費を天秤にかけて躊躇ってしまった。2023年は3ヶ月単位での書籍費を取り入れる(未定) or メディアセンターを有効活用をしようと思います。
5. 適度な運動
未達成。これは達成率10%にも満たないな。運動習慣はどこへ行っちゃったの。職場は立ち仕事であることが多いから、座りっぱなしなんてことはないけれど、にしても良くないな。運動習慣ってこの世で1番難しいのではないか。
6. 日記
達成。ゆっくり考える時間がありそうな時は Moleskine Weekly Notebook を持ち歩いて書き留めた。これは高校2年生のときに尊敬しているお姉さんがやっていた方法を取り入れて今もずっと続けられていること。「記録は宝」と教えてくれたことに感謝してもしきれないです。今はわたしが周囲の友人に伝える側になっているのが面白いな。
手元にペンと紙を出せないようなときでも、DayOne というアプリを使って感情や出来事を忘れないようにiPhoneに打ち込んだ。これは安定してきたし、今後も続けられるね。
ここまでが、2022年の目標の振り返りでした。全体を通して実現可能な目標を立てられたかなと思います。ただ、「何を以て達成なのか」という詳細なラインまでは考えてなかったから、振り返りがぼんやりとしてしまって難しかった。
2022年までの目標はある程度据え置きで、新しく追加するものをここから書きます。
7. 語学
わたしは、交換留学を考えています。国はまだ迷っているけど、どちらにせよスペイン語と英語はキープしたいところ。部署が変わって、非日本語話者のマネージャーと関わることが増えた。仲良しのアメリカ人やスペイン人と会話の機会があるから、細かいアウトプットを増やす。春学期はGIGAの授業も履修しようと思います。スペイン語は CEFR B2まで上げたい。英語は IELTS 5.5 ...... 欲を言えば、IELTS 6.0まで引き上げたい。4技能でムラはあるけど今は多分IELTS 5.0〜くらいのレベルだと思う。この 1.0 の数字の差がどれほどのものかまだきちんと理解できてないけど、一旦目標として掲げてみます。できないわけじゃないはず。学内選考までに達成していれば良しとしましょう。
8. 予定を詰め込みすぎない(春休み以降)
春学期の目標は「大学に慣れる、単位を落とさない」でした。これは思ったよりも簡単に達成できたから、秋学期の目標を「好きな授業全部とる、良い成績をとる」にしたら痛い目を見た。案の定、秋学期の成績がボロボロになりそう(この人は交換留学に行こうとしています)
せっかく哲学の授業をとったのに、その後の仕事のスケジュールに追われてゆっくり考える時間を設けられないまま納得いかない状態で課題を提出していた。「うーん、こんなの嫌だな」って思った。
クリスマスに大学教授である恩師に会ったとき「大学生活はね、お金を払ってゆったりした時間を買いにきているようなものでもあるのよ。単位は取れば良いんだから、ぼーっと過ごす時間も忘れないで」と言われたことが残っている。バイトにサークルに友人に時間を捧げるのもひとつの選択だけど、わたしはそのために大学生活を手に入れたんだっけ?と考え直した。焦燥感に駆られないことも大切だと思いました。どんなに忙しくても自分の時間を作れる人はいい。だけどわたしはまだその調整が難しいから、ちょっと時間に余裕を持って生きるぞ〜
こんな感じかな。決して多くはないけど2022年の目標も持ち越すから、こんなもんだね。
今年はまだまだいつかの開花に向けて踏ん張りどころが多い年かも。
これからも引き続き、よろしくお願いいたします。
節目 2021 (2)
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2021年10月 小論文が書けず自信喪失。ペーパーレスの世界線で働くわたしの右手は、ソッコー腱鞘炎になる。自信喪失期と重なり、半泣き状態で友人に助けを乞うたこともあった。「資料文にはツッコミを入れる」「反駁は意見をフェイントさせるイメージ」等、ちゃんとした人が聞いたら意味わからん話だと思うけど、易しく落とし込んでもらった。
月末に、第一志望の一次試験に合否発表があり、通過した。10倍近い倍率を越えることができたのだ。「わたしの人生では考えられない大学」だったのが、もう少しがんばったら手の届くかもしれない、射程圏内の大学になった。
2021年11月 長い長い1ヶ月だった。1次試験通過発表の1週間後に2次面接試験。講師の彼は面接試験のことを「魔の面接試験」「圧迫面接」だと言った。ひとりの研究者として複数の教授に詰められるのだ。
面接イベントで失敗したことがないわたしだったとしても、いつものノリでは通用せん。猛特訓の1週間が始まった。泣きながら面接官役からの圧迫に耐える日々。「るなは面接まで行けば大丈夫でしょ」という友人の言葉は支えにはなったけど、鵜呑みになんてできないし、とにかく辛かった。
講師・仲良しの大学教授・志望校に通う友人との重ねた鍛錬の甲斐あって、本番は拍子抜けするくらい和やかに感じた。和やかすぎて、これはもう初めからわたしになんぞ興味なく、落とすつもりで優しいのか?と思っていた。
併願した2校の小論文・面接試験もこの月にあったため、週末が来る度に試験だった。小論文はテーマによって書けるクオリティに差が出るから最後まで安心はできなかった。最後の方は「小論文は65〜70点とる!後は面接で取り返せれば帳尻合うはず」と言い、自信の無さを紛らわせていた。
それに、序盤に魔の練習ウィークを乗り越えたわたしに面接試験は怖くなかった。しかも併願校だし。流石に教授陣11人にコの字型に囲まれる、裁判みたいな面接は緊張したし受験番号1桁言い間違えたけど、「緊張しています!声デカくですいません!」と言ったらウケたからこちらも和んだ。
2021年11月最終日 第一志望の最終合格発表日だった。「今日終われば、奇跡。でもそれは文字通り奇跡だから、あり得ない。ここまで来れたことが凄いし、それもそれで縁だ」と何度も自分に言い聞かせた。それでもやっぱり受かりたいという欲は出る。結果を知るだけなのに眠れなかった。
ずっと並走してくれた講師の彼、英語の勉強をみてくれた講師、高校の先生や力添えをしてくれた大学教授、励まし見守ってくれる上司や友人。とにかく色んな人からパワーをもらっているわたしは、実績・結果を渡すことが恩返しになる。「るなちゃんのこと応援してて良かった」って思われたいじゃん…? 当人らは口を揃えて「気にしない」というけれど、わたしは気にする。
午前11時を少し過ぎた頃、合格がわかった。最終倍率10倍以上を残り抜いたんだ。嬉しいというよりも、携わってくれた人に対して結果として返せることにホッとした。念願の春からひとり暮らし確定、NEW LIFEへの切符をゲットした。受験生が終わった。
12月 第3志望の結果発表の日に受験票を控え忘れて合否確認ができずにいたら、突然スクリーンショットとともに母にネタバレされた。万が一落ちてたらどうするつもりだったんだよ。第2志望は社会人入試枠で受験したので、第1志望とはまた別の意味で難関であり、自信がなかった。高校生が応募する枠と違い、志願者に対して合格者を出さなくてもいいからだ。「合格」の文字を見たとき、小論文頑張ってよかった〜と電車内でガッツポーズした。全ての結果が出揃い、本当の本当に終わった。
今回わたしが合格できたのは紛れもなく講師である彼のおかげである。いくらお礼をしても足りない。彼自身も大学生活を両立させながら、二人三脚で導いてくれた。「こんなに噛み砕いて教えた経験は初めてです」と言っていた。
英検勉強を見てくれたもうひとりの講師の彼は「落ちたところで別に誰も離れていかん」と常に励ましてくれた。お世話になった愛知の大学の先生も「絆されたとはこのことなのよ」と言ってくださった。何気ない言葉たちがどれだけ救いになったか。
わたしはこれまでの人生を通して「先生」という存在に恵まれていると思った。高校時代の先生に「君を見ていると教師の教えたい欲が掻き立てられる」と言われたことがある。わたし決して成績が良いタイプの学生ではなかったのにね。そのくせ口達者なところがあるから本当に厄介だったと思う。それでも「先生たち」は、わたしの可能性を信じてくれた。
合格できたことは素晴らしいけど、通過点の1つに過ぎない。わたしは次の4年間でもっともっと賢くならなきゃいけない。直さなきゃいけないところも沢山ある。(変な男に引っ掛かりやすい癖とか、浪費癖とか、詰めが甘いところとか!)
それに大学入学を機に、人生が変わった!とも思わない。まだ何も変わってない。だけど、変えるチャンスをもらった。ここからだよ、わたし。
2021年は激動の1年だったけど、丸くおさまった〜!
2022年も楽しみになったね。また書きます。長文読んでくれてありがとうございました。
節目 2021 (1)
大学受験を終えたので、節目として久しぶりに更新します。
このブログはスペインでの留学生活や、海外大学進学した時の記録としても活かせると思っていたんだけど、高校卒業から4年経った今、とんでもない方向に人生が進みました。
この度わたしは、2022年春から第1志望の大学に進学することになりました。ほかに併願した2校、どちらからも合格を貰い、受験生生活は全勝で収めることができました。このブログは受験期間の出来事を時系列順に記録したものです。書いてみたらあんまりにも長編が出来上がってしまったので、(1)スペイン帰国後〜受験期前半 (2)受験期後半 の2部作にします。
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我が家の教育方針は「大学には絶対行きなさい。でもそれが何歳になってもいい。本当に勉強したいことが見つかったらでいい」というもので、他とは違うなとは思っていた。
18歳の頃のわたしは、スペイン留学という同学年の他の子とは別の道を進んで誇らしく思う反面、他と違うことに対してコンプレックスのようなものもあった。「これ出来たらかっこいいじゃん」と「逃げてるのかな、私」という本音が両方混在していた。
結局、スペインの大学進学は頓挫。両親の離婚や引っ越しなど紆余曲折あった。2020年2月、わたしは友人の紹介で外資系企業にパートタイム社員として就職することになる。9月にはスペインに行く予定で半年で辞めると宣言していた中で、コロナ禍に陥る。
肩書きよりも実力で評価される世界的企業のシステムに目を輝かせていた入社直後の私は「しばらくはここで頑張って、いつかスペインの大学に進学すればいっかー」と仕事に励んだ。そうして、パンデミックの1年が過ぎた。
2021年3月 当時好きだった人に告白して振られた。強い自分になる為の縁をくれ!と東京大神宮に縁結び参りに行った。環境を変えようと、一人暮らしを考えたりスペイン行きを再考しはじめた。
スペインで全く働けない(働き口が不安定な)状態で、学費も生活費も4年分ひとりで補う経済力は自分には到底ないと現実を直視する。そして現職場との両立を考え、国内大学に進学することを決意。社会人入試かAO入試の小論文と面接なら自分で頑張れるはず、と幼馴染の母に報告した。このときはまだ、母には内緒にしていた。
母に報告しなかった理由は、母が国内大学に進学することを猛反対していたから。「日本の大学生はバイトばかりで勉強しない。あんたが国内の大学に行ってもバイト三昧になって終わり」と常に言われ続けていた。
2021年4月 幼馴染の母が「東京に住んでいた時のマンションの同じ階の子(コロンビアハーフ)が、AO受験専門塾で講師してるから紹介するよ」と会合の場を設けてくれた。彼は定時制高校から都内の名門大学にAO受験で合格していた。その後、講師としてAO専門塾に所属したのだ。彼は講師として10人中9人の生徒を第一志望に通し、今後は独立を考えていた。AO予備校に来る高校生は結局親が経済的に豊かな子が殆どで、色々思うこともあったらしい。タイミングだった。
わたしのそれまでの人生経験をひと通り話し終え、幼馴染の母が「るなが行ける大学はどこですか?」と訊いた。「とりあえず〇〇大学を目指しましょうか。」と有名な大学名を挙げた。それまでの私の人生では考えられないくらいのレベルの大学名だった。「目標は高いほうがいいもんな」くらいのノリで志望校が決まり、AO受験塾のノウハウを持つ彼に、わたしは個人的にお世話になることになった。
2021年5月 AO受験は評定がそこまで気にされない分、経験や資格が大切になる。彼曰くわたしの人生経験は「素材(アピールポイント)」があるから、英語資格試験に合格するのが当面の課題となった。英語苦手マンだったわたしは高校卒業程度レベルの英検2級目指した。スペイン生活と外資系企業で横文字生活に慣れた功績か、大きく躓くことなく机に向かうことができた。このあたりで、母も国内大学受験を応援し始めてくれたと思う(知らんけど)。
英語勉強と同時並行で、社会問題のテーマを決め、解決に向けてチャレンジする。自分の父の存在と重ね、外国人労働者の高齢化問題を扱うことにした。
2021年6〜7月 英検2級筆記試験を終え、研究を深めるために愛知県へ行った。論文読んでるだけじゃわかんないし、気になった論文書いてる教授に会いに行ったのだ。大学教授と関わったのは人生初めてで緊張したけど、おおらかで優しい先生のおかげで打ち解けることができた。教授にざっくり経緯を話し、関連する企業や団体を紹介してもらった。「なんかあったら頼ってちょうだい。私の名前は使ってもらっていいので」とスーパー心強い存在をGETできた。
その後も休みの度に有識者と呼ばれる人たちにZoomや対面で話を聞いたり、支援活動のために群馬県に足を運んだ。(コロナ真っ只中で褒められた行動ではありません。ごめんなさい!)
2021年8月 いよいよ月末が出願締切。出願にあたって用意するものが本当に多くて、ひとつも手を抜けなかった。講師の彼の後ろ盾もあるし、そんなに心配してなかったけど。
簡易速達書留で郵送する出願書類を、徹夜明けの私は思いっきりポストに投函し「出願終了!!」と帰宅。その日の夜にポストに書類が戻ってきて翌日大慌てで窓口に行く。詰めの甘い危なっかしい人間すぎる。お母さんにマジで怒られた。肝冷えイベントを勃発させたわたしは、出願ミスを恐れて寝れなくなるのが恒例現象となった。
2021年9月 第一志望の書類審査結果待ちで、併願校への出願準備。併願校受験では、小論文の対策も必要だったから、小論文の勉強を始めた。文字を書く能力が壊滅的にない(コミュニケーション能力に頼りすぎ)わたしには、ここが正念場だった。
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(2)に続く!
20歳の幕切れ、21歳の幕開け
2019年10月01日は、 0:00に上野を発車した電車に乗っていたことから幕を開けた。
20歳最後の日は、朝から夜まで仕事だったけど、帰りに行きつけのバーで祝福を受け、幸せな気持ちでほっこりしながら電車に乗った。
ハタチ、いろんなことがあり過ぎてそう簡単には言い表せないのだけど1年の振り返りと今後の1年について記そうと思い、久しぶりにブログを書いたのでどうぞ読んでいってください。
・20歳、恋する
(ちょっと照れちゃう話だけど)ちょうど、20歳になった1ヶ月後くらいから徐々に恋愛に目覚めていき「愛されるために努力すること」「人から愛されるということ」を学んだ。
20歳のうちに好きになった人たちとの関係は終わりを迎えたし、既にわたしの中の気持ちも消滅しているけれど「この人に振り向いてもらいたい」という感情に対して全総力を挙げてがんばることが出来た。
・20歳、自分を磨く
仕事が忙しくなったことが原因か、20歳になったことでホルモンバランスが安定したことが原因か、はたまた全力で恋をしたことが原因か、わたしのまん丸としていた輪郭はほっそりしたし身体のラインも綺麗とは言えずとも丁寧な曲線のあるものとなっていった。
「わたしだって、素敵になれるかもしれない」と思いだしたわたしはまずはメイク、スキンケアを見直し、最終的に好きなブランドを持ったり、興味はファッションにまで広がりました。
それまでは「わたしなんぞが、おしゃれな服など着れない似合わない」と強く思っていたし、鞄だってこだわりなく大は小を兼ねてくれると思って過ごしてた。"パンプス " なんて自分とは関係のない言葉だった。
だけど ルミネで選んだ服はわたしを強くし、ZARAの服は銀座の街を歩くのにとても映えた。「大は小を兼ねない」という友人の言葉に脱帽。モノにはそれ相応のサイズがあるってことを20年間生きてやっと知った。お洋服やメイクは「誰かに愛されるために纏うもの」ではなく「好きな自分でいるための装備」になった。
・20歳、人と出会う
2月にショートヘアにし人類ウケに成功するわたしなんだけど、そこから急激に人と出会い様々な関係を築くことが多かった。スペイン語の先生をしたり、歌のレコーディングをしてみたり、興味のある分野で偉業を成した人や最前線にいる人とお話しする機会をつくってもらった。全ては職場近くのいきつけのバーのバーテンダーのおかげ。「怖くないから一度来てみてごらん」と優しく言ってくれた。あの時、おそるおそる茶色の木製の扉をあけてよかった。今では「娘みたいな子」とお客さんに紹介をしてくれます。
「わたしは人のコネでしか生きれないんか....」と思ったりもした。本当に行動力のある人は自らアプライするし掴んだ縁を逃さない。対してわたしは未だに自信がないことを理由に逃げていたりするところがある。ただ わたしはとにかく人と話すことが大好きだったし相手に合わした何かしらのレスポンスをすることが出来ていた。口数の多さ少なさではなく表情管理が肝かもしれない。表情筋ゆるくてよかった。
・20歳、貯金する
このブログの過去記事を読んだ人は勿論疑問に思っただろう。「あれあれるなっし〜、スペインの大学に進学するんじゃなかったっけ」と。家庭内のゴタゴタや、わたしのリサーチ不足もありスペイン行きを見送った。しかしわたしは、まだ今後の進学を諦めていない。奨学金がダメなら自分で貯める。踏み倒されたお金は絶対に許さないけどね。恨んでいるのも疲れるし。
そんなこんなで この1年、家ではよく「全ての物事が変わっていって目がまわる」とばかり言っていた。流れに飲み込まれないように、置いてかれないように行動するので精一杯だった。
ここからの1年に、前年以上の刺激は求めていない。期待してない。人は慣れるものだし わたしにとって20歳の1年間ほど刺激のあることはないだろう。
その中でどう生きるか、ある程度は決めているので今度はそれを書いていく。
・自分磨きを怠らない21歳
自分には自分だけにしかない素晴らしい魅力があるかもしれないと気付いた。今度はそれを活かすべきだ。そのために少し苦手ではあるけど、「日々の積み重ね」を大事にしていく。
(ここ1週間サボりましたが)最近のわたしはきちんとジムでトレーニングしているし、化粧も毎日落として 余裕のある時はマッサージもしている。1年半前のわたしから、考えられた?どんどんお肌も綺麗になっていったね。月に1度 安くはないけどリフレッシュになる整体に通ったりもしている。モデルか?違う、こうしないと「わたし」であることが嫌になってしまうくらい自信がないんだ。
モチベーションのアップダウンが激しいので習慣として定着するのが本当に難しくて、す〜ぐ筋トレ嫌になるし酔っ払ったら風呂入りたくなくなる。だけど、わたしの師匠も「今日初めて10年続ける気持ちで」と言っているしグッっとこらえて頑張りたいところ。
・よく勉強する21歳
わたしはスペイン語のほかにもう1つきちんと言語を扱えるようになりたいと考え、英語の勉強を始めた。学生時代から外国語教科が得意だったわけではない。むしろ苦手だった。
自分の英語力がどれほどなものなのかさっぱりわからないのでとりあえず高校卒業程度といわれる英検2級を受ける。そこから国際的な試験を受けるか、英検の駒を進めるか検討しようと思う。まずは基礎的な力がちゃんとあるんだぞ、って自分に対して証明したい。それが今後の自信になるはずだから。 そして、世界各地で起こっていること・日本で起こっていることに関心を向けること。忙殺され他人事のようにいたら搾取されて死んで行く一方だ。出来ることは少ないけど、わたしは未来を諦めたくないから。
・繋げていく21歳
「自信がないことを理由にしない」「自らアプライ」を掲げ、得た縁を発展させていきたい。以前連絡を取り合っていたが今は連絡をとっていない人でも、会いたい話したいと思うならその旨をちゃんと連絡をする。
新しいことをするのはほんっと〜に勇気がいるし 根っからの温室大好き芸人、ぬくぬくしたところに身を置いていたいけどさ これからみえるかもしれない世界をわたしは諦めたくないんだよ。だから友人各位 挑戦するから、傷ついてる時はそっとそばで励まして おいしいものを一緒に食べたり公園でゆったりしてほしい。
・貯金をしたい21歳
2019年10月現在 わたしは貯金することにたいして消極的である、ということをきちんと残しておきたい。去年 わたしの身に起こったことの傷は癒えてない。なぜならわたしに落ち度はなかったからだ。それでも、消えたお金は湧いてこない。頭ではちゃんと理解しているから、コツコツとまたはじめられたらいいな。いつか 「もしかしたらその出来事は別の何かのためにあったのかもしれない」とちゃんと思えるように。
ここまで読んでいてわかると思いますが、わたしはもともと自己肯定感なんてあったもんじゃない。実際に会った人はわかると思うけど 第一印象がはっきりしているが故にそれ以外の部分に目を向けてもらえず、キャラクターが一人歩きしてつらい思いをした経験もあります。
そんなわたしでも、もがいて、来年のわたしにうまくバトンを繋げられるようにするからみていてほしい。20歳は幕切れ、21歳の幕開け。
最後に、毎月のように会ってくれた友人、自分磨きをがんばりたいと思っていたわたしにアドバイスをくれ行きたいお店にはいつも一緒に行ってくれた友人、真夜中の帰り道に電話をしたり 逃避旅行に付き合ってくれた友人、いつだって道導となる師匠、そして、わたしが何かを発するたびにレスポンスをくれる友人、そう、あなたのことです。
本当にありがとう。あなたへ心からの愛を送ります。あなたの人生があなたにとって幸せであることを強く祈ります。そして、これからもよろしくね。
みんな、21歳のわたしもお楽しみにね!まだまだチャプター始まったばかりよ!
2017/2018
みなさん あけましておめでとうございます( もう2月です )
この記事は1月の頭から書いていたんだけど 書いては消して試行錯誤してってやってたらもう1ヶ月すぎていました ....... これだからブログってのは難しいですね めげません
書き残していたものに時差がありすぎるけど ゆっくり振り返らせてね ...!
12月23日 全ての授業が終わり次第マドリードに行き すごく大切な友達をお見送りました( ここでレアル・マドリードのマルセロに出会ったのがクリスマスプレゼントです) そして 夜行バスで叔母さんの家があるバルセロナへ向かい、そこでクリスマス・大晦日を過ごし新年を迎え美味しいもの補給をし アリカンテに戻ってからはわたしの住む家にえれん師匠( えれんちゃんについては1つ前の記事に書いています )をご招待しアリカンテで楽しく過ごすお正月休みでした
1週間以上バルセロナにいたので おかげで中心街のかわいいカフェに詳しくなりました またこれも記事を書きたいので追って書くと確約します!この記事に誓う!
とにかく2017は濃かった 3月まではしっかりJKしていたのにいつのまにか異国に来て、あっという間に19歳になったと思ったらもう2018年
わたしの誕生日は10月なので 1年のうちの3分の2くらいは18歳だったので19歳のわたしの話ではなく すこし前のわたしの話をしますね。
いつだってわたしの中で何かを選択する基準は 「 それをすることで誰かが振り向いてくれる 」「 その中で自分が無理のなくできること 」でした よく考えるとお母さんを振り向かせたい4歳児のちびっ子とやっていることは同じですね
自分の中で揺るぎないもの 譲れないものがないから 重心を人において 少し大げさにいうと 自分の人生なのに歩いているのはわたしじゃない他の人のような気がして生きていました
そのことに気付いたのは11月あたりで 「 常に感じていた ¨わたしじゃない感¨ の正体はこれだったのか ...!」地味に納得。
スペインに来たのも 正直親の声がなければ絶対に選ばない道だったし もしわたしがスペインとのハーフでなければスペイン語に興味を持ったかさえ危うい。わかります? わたしの人生、めちゃめちゃ曖昧だったんです。
ただ、師匠をはじめ 世界各国で勉強しているみなさんに出会って 同級生のみんなが夢に向かっているのをみて 自分もスペインに来てみて 初めてちゃんと「 大学で好きなこと思う存分学べるっていいなあ 」と思いました
わたしの人生の中でスペインに来ることは免れなかったみたいなので 「 ならこっちで大学に行けばいっか 」と人生イージーゲームにもほどがあるレベルの決断をしてここにいるわけです
わたしはなんでもイージーに考える癖があるけど それが勢いとなって糧となっていま目の前の勉強をやれているわけだから だからとりあえずこの感性は捨てずに生活したいと思いますね
2018年の勉強面の目標は2つ。
1つめは スペインの大学に合格すること。 受ける学部は決まったので そこに向けてスペイン語力を落とさず進めて生きたい。そして 大学生になってエラスムス制度を使って イギリス ドイツ で勉強したいと考えているます そのために英語は必要不可欠。スペイン語日本語のバイリンガルになって 英語を勉強する。これは2018年の目標というか この先の大学生活の目標ですね。
2つめは 5月にある DELE というテストで( スペイン語版TOFL )、B2レベルを合格すること。わたしはほんとうに自分の話すスペイン語に自信が持てないことが多いのだけど、ちゃんと勉強して 目に見える結果を出して 自分に確固たる自信をつけたいです。
生活面では お金の使い方が上手になりたいです。
金銭面の目標をつける。年に少なくても2回 スペイン国内やヨーロッパ圏内 日本に帰省したときはアジア旅行など 行き先はさておき旅行資金をちょくちょく貯めるために日々の無駄遣いをやめる みたいな工夫をしていきたいですね!ただ かわいいカフェ探検はやめられないので バルセロナ行った時だけ豪遊しよう .....!
たぶんね わたし目標の設定がとってもアバウトだったと思うんですよ だから何も長続きしてなかった
だから2018年はこまめに振り返って「 これは過去のわたしが望んでいた未来? 」と自問自答しながら生きたいです
まとまりのないブログになってしまったけど!もう知らん!とにかく今のわたしは忙しいんじゃ!
2018年も 明るく元気にるなっしーを運営していくので みなさんよろしくおねがいします!
さいきん1番おいしかったケーキ!バナナケーキ!
またね!
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あこがれの Inglaterra
おひさしぶりです。お元気でしたでしょうか。
こちらスペインアリカンテ 普通に寒いです あのキラキラした夏は何処へ ...
さて 今日は9月頃から計画していた 憧れの国 イギリス マンチェスターへ行ってきましたという記事です。師匠とゆにさんに会えました。嬉しすぎた。
まず 家を出る予定時間の10分前に目覚め 死亡を確認。
まあ余裕持って考えてたからと 慌てずに準備をして無事空港のバス停に向かう。
バスの値段がわからないおじいさんに英語で話しかけられる 話す 仕事でアリカンテに来て これからロンドンに帰るらしい。カタッコトの英語でもウンウンって聞いてもらえるからその時点でイギリスジェントルマンにときめきが止まらなくなる。
おじさんと仲良くバスに乗って 空港でお別れをする。荷物検査はスペイン語でスラスラ済ませて 免税店で1人でキャッキャしてたらあっという間にフライト時間でした。
飲まず食わずでも 席は窓際で気分はルンルンだからと外を見て1人でキャーキャーしていたら となりの老夫婦が突然パンをくれました
「 Gracias 」と言いかけ 「 Thank you 」と言い直す。なんだわたし、意外とスペインに染まってんじゃんと気付く。
空腹るなっしーが嬉しそうに食べてるのに気づいたのか チップスとみかんをさらに渡してくるおじいさん。
全てにサンキューを言ったけど ここでチアーズ言えたらかっこよかったなって少し反省しています、次に活かす。
初めてのイギリスがマンチェスターだと言うと地元愛が強いおじさん めちゃめちゃ喜ぶ。そしてマンチェスターに着陸した瞬間「 Welcome to Manchester !!!!! 」と拍手喝采。
「 きみはこれからどこ行くの? 」「 友達には連絡した? 」とお世話を焼いてくれるも、wifi持ってないから困るわたし。
ドッキドキの入国審査でしたが 「 EU圏内国民 」と「 それ以外 」に分かれてて スペイン国籍を使ったわたしは人にも会わない電子機械でスルーパス。ええなんて楽ちんなの .... という感じでした。
スペインから出る前 手荷物だと思っていたスースケースを突然預け荷物のお兄さんに取られたので 取りに行かなくちゃ行けないんだけどどこかわらかなくて 老夫婦のおじさんに聞いたら また親切に教えてくれました。
荷物を受け取って 道なりに沿って進んでいたら 到着出口に着き、ゆにさんに拾ってもらうわたし。お金を換金しようとしたところで先ほど逸れちゃった老夫婦に会い、最後にお礼を言ってホテルに向かうタクシーに乗るわたしとゆにさん。
ゆにさんと会って えれん師匠に会ってからはもうなんか全て任せっきり .... 異国で1人で生きる力がほとんどないけど だれか自分を助けてくれる人に会う力でなんとか保っています ..... チェックインや行きのタクシーなどで使うゆにさんの英語が素晴らしくていちいち感動していました ....
まともなものを食べていなかったので 3人でチャイナタウンのベトナム料理店にて フォーをすする。わたしパクチー食べれない口だと思ってたら 普通にパクパク食べれました。もうアジア旅行怖くないゾ!
そこから 街を少しだけ案内してもらってると クリスマスマーケットに出会う。 これまた綺麗だった .... 時計のところに大きなサンタさんがいらして 綺麗に写真を撮りたかったけどうまく出来なかった ...
わかる? これアリカンテでやっても 近くにヤシの木があるからムードが出ないんです。
彼が可愛くて 持って帰りたい衝動に駆られるも グッとこらえて我慢をしました。
クリスマスマーケットを見終わり ショッピングセンター街をうろうろしおわり えれんちゃんの友達のルワンダの人のホームパーティーに招待してもらったので顔を出すわたしたち。
ルワンダの人たちはフランス語も母国語だと話していて 男女名詞の分かれ方とか話すの楽しかった。みんなデスパシート大好きで歌わされるわたし。もちろん歌いました。みんな歌詞の意味を理解してほしい。たのしかった。
中国の女の子たちもその場に居たんだけど 位置の関係でしっかり話すことができなくてちょっと悲しかったなあ
あとはやっぱり言語として似ている部分がすごくありました。
「 日本語ではない言葉を話す 」ことにおいて 今の時点で一番楽なのはスペイン語だから スペイン語が一番最初に出てくるんだけど 「 Como se dice explicar en Ingles 」とかいっても 「 explain ね 」と言ってもらえる。英語もスペイン語読みすることでだんだんわかってくるから楽しかった。
そんな感じで1日目の夜は 言語の楽しさを改めて掴んだ。 新しい言語をやる余裕は正直まだないんだけど 伝わる楽しさを久しぶりに感じて スペイン語に対するモチベーションが上がったのは事実です。本当にいい機会をつくってくれた師匠に恩の字です。
2日目! 2日目はマンチェスターから1時間電車に揺られ リバプールに行きました! はい!ここで世界史選択のみなさん!リバプール マンチェスター 電車 で産業革命を思い出しませんか? わたしは1人でウキウキしていました。
リバプールでは なんだかよく分からないかっこいい聖堂と リバプール大聖堂 そのあとになんていうんだか名前忘れてしまったけど 園庭みたいなところに行きました!
ここ すごくかっこいいのに最後まで何の場所なのかわからなかった!1ポンド募金したら入れてもらえたし 受付のおっちゃん優しそうだったから良し!
リバプール大聖堂のステンドグラス! でかいしかっこいいしで素晴らしかった ....
途中 聖歌隊の練習風景が見れて なんかまじで天使の歌声すぎて胸がやられた .... もともと Libera の曲とか好きなタイプなので ウルウルしながら聞いてました ... にしても彼らは練習のたびにああやって見られているはずだから 毎回授業参観の気分なんだろうなあ ....
その後 名前が思い出せないんですが 大きい公園みたいなところに行きました! ここでもクリスマスマーケットがやっていて でも個人出展のお店みたいなのがたくさんあって シティーセンターとはまた違った良さがありました!
3.5ポンドのトートバックを 3ポンドで買ったりと ちょっとお得な買い物もしたんだ 気分は主婦!ちがう!
ずっと外にいて体の芯からブルブルしてしまったので ゆにさんイチオシのカフェチェーン店でチョコラテを飲みました
イギリスではお茶しか飲まない!と言い張っていたわたしですが あったまるチョコレートに勝るものってあるの?ってヘシ折れました。うんまかったです。
このチョコラテを買うときに 店員さんの言っていることがわからなくて 「 sorry? 」って聞かなきゃいけないところを 「 como? 」とスペイン語で聞き直してしまったら たまったまわたしの担当のレジの人がイタリア人の方で そこからスペイン語( もしくは同じ文章だけどイタリア語 )で対応してくれて 感動で泣きました。
でもサヨナラ言うときに 「 Hasta Mañana ( また明日 ) ! 」って言われて アッ... 明日も来なきゃなのね ... って思いました。ちゃんと伝わってるよおにいさん、「 Hasta Luego ( また今度 ) 」って言いたかったんだよね わけのわからない外国人相手にしてくれてありがとうございました ....!
そこから 帰りの電車までの時間 歩いてリバプール大学を見学しに行きました! スペインのバルセロナ大学もそうなんだけど やっぱ古き良き大学は建築物としても素晴らしかった。これはマンチェスター大学にも言えることなんですけどね。アリカンテは新しい大学なので 貫禄さは求められません。
帰り道スーパーに寄り お菓子とお酒とシャンプー( この話は後でするね )を買って ホテルに帰り えれんちゃんを待ち 3人で晩酌。
3日目。疲れからか わたしが最初にダウンし 朝の6時に起床。お風呂に入り みんなへのポストカードを書き けいたいを見ていたら8時になり ゆにさん起床。
朝から優雅に紅茶を飲み スーパーで買ったマフィンを食べて ゆっくりし チェックアウト。
わたしが 友達へのお土産に ファッジを探していたものの買えずにいたので 駅近のM&Kのお店に寄ってもらい タクシーかバスの予定だったのを変更して 格安プラス暖かいで空港に向かいました。
ゆにさんがインスタで COSTA でジンジャーブレッドマン( シュレックでクッキーマンって言ってたからずっとクッキーマンだと思っていました)の柄で飲み物を飲んでいたのが可愛すぎて 2日目朝わざわざ COSTA に寄ってもらって丁寧にずっと持っていたのに 空港で手紙出すときに忘れるオチ ...... 本当に悲しいのでもう1度行きたい ....
空港でゆにさんとお別れをし 無事飛行機に乗れました。たまたま戦没者記念日と被ってなんだかピリピリとした保安検査場を通ったけど まあそれもいい思い出!
帰りの飛行機がめちゃくちゃ揺れて すっごく怖かったけど アナウンス英語何言ってるかチンプンカンプンで 不安に駆られていたら 突然大きな揺れがきて 思わず隣のガタイのいいおじさんの腕に抱きついてしまった話も追加でいれておきますね。無事アリカンテに着いてよかった。
さて お土産というお土産も買っていないのですが 自分用にちょっとお高めのジャスミンティーを買いました。そしてトンチンカンなのでアメニティーを忘れてきたので 1日目ゆにさんにシャンプーを借りたのですが そのシャンプーがわたしに大当たりで 感動して 100ml の旅行サイズのシャンプーとコンディショナーとオイルを合わせて4本買うわたし。
また 乳液類も置いてきたので えれん師匠おすすめブランド simple で乳液クリームを買いました。これまたしっかり保湿してくれて 行った際にはまた買おうか検討中!手荷物じゃなくてあえて預け荷物にしてまで買おうとしているわたし!イギリスすごすぎ!
そう 全体的にアリカンテとは違いました! まあ街の規模が違うから 何とも言えないのだけど スーパーの種類がたくさんあったり カフェ ... はスペインにもたくさんあるけど チェーン店がいろんなところにあって 日本みたいだなあとも思った!だからある意味困らないかも!暮らしてないからその辺は師匠の生活を見て見てください!
いや 電車はしっかり通ってるところ めちゃめちゃ感動しました。まあわたしが住んでいるところが田舎すぎるのかも!笑 それも楽しいから良し!
そんな感じで 恋したよイギリス .... 是非ここで学びたいと思った! まあまだまだそれはどうなるかわからないけど 1セメスターでも学べる機会があるなら行きたい! 行ってよかった!
えれんさんゆにさんには任せっきりでしたが ニコニコ対応していただきありがとうございました! えれんちゃんは1月にアリカンテに来ていただけるので そのとき また違いを聞いてみたいものです!
かなしいので綺麗に撮ったの載せておくね! ひさびさにちゃんとブログ書いた! 勉強についてもまたいつかまとめますね!いつかね!
adíos !
嗚呼 … 帰って来てしまった ……… アリカンテあったかいマイホーム … あのツンとした寒さも恋しい …
— るなっしー (@lunappiii) 2017年11月12日
イギリスで買ったゆにさんシャンプーが素晴らしくてわたしの髪のコンディションが最高 ツヤッツヤ これあと5億回言える
— るなっしー (@lunappiii) 2017年11月14日
わたしはみんなに師匠の話をしてるのですが たまに授業をコッソリサボろうとすると 「 それ師匠が見たらなんていう? 」 って言われて苦しくなって授業に行きます
— るなっしー (@lunappiii) 2017年11月16日
ゆにさん
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